1.歓迎レセプション
2月10日(木)マニラ到着の夕刻、本使節団一行のために「歓迎レセプション」が開催された。
この歓迎レセプションは、「事前調査団の派遣による交流」、「ハイロ会長一行来日時の歓迎」、「柔道畳の寄贈」「柔道着の贈呈」、「池田光輝氏の推薦・派遣斡旋」等、今回の指導員の派遣等に対する歓迎と謝意表明の式典でもあった。
レセプションには同国報道関係者約30名を含め、約100名が臨席。報道陣のカメラのフラッシュが目映い中、一段高いひな壇に同国要人(アロヨ大統領夫君の「ホセ・ミゲル・アロヨ・ファーストジェントルマン」、「フィリピン・スポーツ委員会会長」、「フィリピン・オリンピック委員会会長」、「レイナルド.H.ハイロPAJA会長」、「日本大使館・広報文化センター谷口裕子所長」、「アジア開発銀行大村雅基日本代表理事」)が居並ぶ。ひな壇中央、アロヨ氏隣席は米澤団長である。ひな壇手前最前列の席に、使節団一行全員が着席。
15時過ぎから、式典が同国の格式に従って、大規模且つ荘厳に行われた。キリスト教の祈り・国家斉唱・出席者紹介・歓迎挨拶・米澤団長挨拶・畳と柔道着の贈呈式・アロヨ氏挨拶・記念撮影と続く。軽食とソフトドリンクを前に、音楽隊の演奏、歌手独唱の中、1時間余りに渡って式典が執り行われた。
米澤団長は、感激で万感胸に迫る面持ち。
尚、この模様は、当日の現地テレビ各局のニュースで放映。翌日の新聞でもこのニュースが報道された。
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“Philippine Judo Advancement Project”
当日及び指導会場で配布した英文リーフレット |
翌日現地新聞記事 |
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アロヨ氏へ柔道着贈呈 |
式典参列者と記念撮影 |
(副団長 山本裕洋 記) |
2.指導・講習会について
訪問翌日2月11日(金)から、マニラ班(米田副団長、中山・谷口・田口指導員)とセブ班(米澤団長、山本副団長、徳山・喜多・笹野指導員)の2班に分かれ、本事業のメインイベント、柔道指導・講習会を実施。
マニラ班(Aチーム)
指導は、宿舎に程近くPAJAの練習場でもあるスポーツ・メディシンビルディングの柔道場にて、午前9時〜11時30分、午後2時〜5時の午前・午後の2回実施。
対象者は中学生クラスから40歳位までの受講者。ナショナルチームの選手も加わる。各指導員の得意技の解説・指導と寝技の指導、連続技の解説・指導、移動打込みの指導、指導員元立ちによる乱取練習を行った。
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指導風景 |
練習風景 元立ち |
受講者は皆真面目で積極的。強くなりたいという気持ちが肌で伝わって来た。しかし技術的には上半身と下半身がバラバラであり、寝技は基本が出来ていない印象を感じた。
ナショナルチームの選手は、大技(背負い投げ,払い腰)中心の練習をしている様子。一方、足技は苦手のようであったし連続技は未熟である。しかし、彼らの呑み込みは早く、時間を掛けて指導すれば強くなるように感じる。
初日、マニラケーブルTV局の取材。講習風景の収録と指導員全員にインタビュー。
講習終了後にはPAJA発行の終了証を授与し、日本からのプレゼントをしたが、お返しにフィリピンの民芸品をプレゼントされ、交流を深め意義ある内容となった。
(副団長 米田圭佑 記)
セブ班
2月11日早朝から、米澤会長以下メンバーとハイロ会長一行合計15名がマニラを発ってセブ島へ。乾季には珍しい雨天。
空港からパトカー先導でホテルに到着するも、ダブルブッキングのトラブルで、急遽代替ホテル確保。旧正月とスマトラ沖地震の影響で観光客が集中し、確保に難渋。ようやく海に面したホテルを確保。
トラブルで予定より大幅に遅れセブ・スポ−ツセンターへ。畳は50畳足らずの少道場。受講者は現地のコーチ中心で13名が参加。尚、セブ市は本年末に開催予定の「Sea
Game」柔道競技の開催地である。
体操、打ち込み、技の解説・指導を行う。特に準備運動について時間を掛けて指導した。
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指導風景 |
指導員と受講生の記念撮影 |
翌日、午前中は受身のコンテストを行った。3位以内の選手には持参のカレンダーを賞品として渡し、好評を博した。
午後には10数名ずつ2グループに分けて試合をした。優勝者には柔道着をプレゼントする旨、事前に話をしていたので真剣に勝負をしていた。優勝者が柔道着を貰ったときの笑顔は最高であった。言葉は通じなかったが礼儀や基本を大切にし、柔道を心から愛することを伝えた。
又、昼食の時間に指導員各人が選手と懇親を深めたことは有意義であった。
夜、最終便(21時発)にてマニラに向かう。米澤団長は高齢にも拘らず凛とされ、指導員と全行動を共にされる。
(副団長 山本裕洋 記)
3.「ドントマス(聖人)」白帯招待大会観戦
2月13日(日)、標記大会(7階級 約150名が参加)がマニラ市内マプア・インターナショナル工科大学で行われ、使節団一行がこれを観戦した。本大会は、1964年から続く伝統ある大会でもある。
試合に先立ち審判講習会の要請を受け、山本が2時間の講習を行った。審判団は事前調査訪問(昨年10月)の際に行った時と同じメンバーで、互いに気心も知れ、身近に感じ合う間柄にもなっており、充実した意義ある講習会が出来た。
大会の開会式では指導員が一人ひとり紹介された。試合が始まると、選手の実力レベルはともかく、会場は選手への応援が日本では味合うことが出来ないほどの盛り上がりを見せる。まるでサッカーの試合のようなムードで、選手と観衆が一体となって楽しんでいた。
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開会式 |
副賞の柔道着授与 |
表彰式では、咄嗟の発案で各クラスの優勝者へ日本から持参した柔道着を副賞としてプレゼントした。これが思わぬ演出効果を発揮し、会場は興奮の坩堝に。早速、チーム名の入った柔道着に袖を通した優勝者を応援者らが取り囲み、カメラに収まっていた。早朝から夜の8時過ぎまで長丁場の大会であったが、想い出深い感動的な大会であった。
(副団長 山本裕洋 記)
4.訪問を終えて
最終日2月15日(火)、帰国に先立ち、ハイロ会長の執務室(大統領府違法求人タスクフォース=PAIRTF)を全員8名(米澤団長は前日一足先に帰国)で訪問。ハイロ会長から各人に感謝状の授与。暫しの歓談の後、尽きせぬ名残を留めつつ帰路に。ハイロ夫妻及び関係者の皆さんに送られ、ニノイ・アキノ国際空港を離陸、一路祖国へ。
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感謝状を受ける米田副団長 |
お別れ記念撮影 |
訪問の道中、コミュニケーション・ギャップによる多少のアクシデントに見舞われたものの、過ぎてしまえばこれも又楽しい想い出。ことほどさように、今回の指導・交流事業は有意義なものであり、柔道を通じて草の根の国際交流・友好を深め、所期の目的を十分に果たした。
特に、誰もが容易に経験しえない荘厳な歓迎式典、フィリピン選手との言葉を必要としない魂の交流、
受講者の真剣で純朴な態度、柔道大会表彰式における柔道着プレゼント時の会場の高揚、フィリピン国内帯同のキャプテン・ハイロ麾下、PAIRTFメンバーとの交流等々は、メンバー全員の胸にいつまでも消えることのない心象風景として残るであろう。
各指導員諸君の感想は次の通り。ご苦労様でした。
(副団長 米田圭佑 記)
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